前の記事『「アンガーマネジメント」で社内の円滑なコミュニケーションにつなげよう』の続きです。(次の記事で、と言いながら更新が遅くなって申し訳ありません。)
最近の衛生委員会のテーマは「アンガーマネジメント」だったので、各企業で弊社産業医が講話をさせていただきましたが、社員の皆様から思っていた以上の反響をいただきました。特に経営層・管理職の方などマネジメントを行っている方々から「社内でみんなにもっと学んでほしい」「全体にむけた研修を行いたい」というご意見が多くでたことを非常にうれしく思います。
組織の風土を育てるにはトップのメッセージをしっかり打ち出すことがとても重要です。 そしてトップとリーダー層がそのメッセージを共有して組織が目指す姿を明確にして現場に展開することで、組織風土は醸成され、最終的には組織全体のパフォーマンス向上にもつながっていきます。
衛生委員会は職場の安全や健康に関して様々な立場の方が意見交換できる場所でもありますので、産業保健職を上手に活用しながら、よりよい職場環境作りに取り組んでいきましょう。
それでは本題にはいります。
目次
「怒り」とは?
私たちは怒りに関してネガティブな印象を持ってしまいがちですが、「怒り」は自分の身を守るための防衛本能の一つで自然で本能的な感情であり、否定する必要はありません。
しかし、怒りに任せて行動してしまうと、
- 言いたいことが伝わらない
- 人間関係が壊れる・うまくいかなくなってしまう
- 社内の雰囲気が悪くなる・意見が言いにくくなる
- パワーハラスメントと捉えられることもある
といったことが起き、結果として個人の不利益や後悔につながったり、集団の生産性が低下したりします。
特に怒りの中でも
- 頻度が多い:いつでも不機嫌、年中何かしらイライラしている
- 程度が大きい:周囲のことも気にせず大声で怒鳴る、相手が反省しても怒り続ける
- 持続する:いつまでも忘れられない、思い出して怒りを再燃させてしまう
- 攻撃的で周囲を巻き込む:他人や物に当たったり、自分を責める
といった怒りは、トラブルに発展しがちです。周囲とのコミュニケーションがうまくとれず良好な人間関係の構築が難しかったり、自分自身も周囲も仕事の効率が大幅に低下したりします。場合によってはハラスメント加害者と捉えらえてしまうかもしれません。
そうなっては困ってしまいますね。
アンガーマネジメントとは?
アンガーマネジメントとは端的に言うと、「怒りと上手に付き合うこと」です。
怒りは自然な感情であり、時には怒りを伝えることが必要な場合もあります。ですから、怒りの感情を消すのではなく、怒りと上手に付き合い、怒る必要があることは上手に怒り(=伝えたいことはきちんと相手に伝える)、怒る必要がないことは怒らなくてすむようにセルフコントロールをできるようになることが目標です。
アンガーマネジメントは1970年代にアメリカで生まれた怒りと上手に付き合うための心理トレーニングで、企業のエグゼクティブ向けのプログラムや教育現場、アスリートのトレーニングなどでも用いられてきました。
アンガーマネジメントの効果は、
- 怒る回数が減少しストレスを軽減できる
- 周囲との人間関係が良好になる
- パワハラの防止につながる
ことが挙げられます。職場全体の雰囲気がよくなるので、結果としてチームの生産性向上にもつながります。
そのため、会社組織では、リーダシップ開発やパワハラ防止、経営陣や管理職が部下を上手に指導するためにアンガーマネジメントの研修がよく行われています。
アンガーマネジメントはトレーニングですので、継続すれば着実に怒りのコントロールが力が上達するのも良い点のひとつです。
アンガーマネジメントを実践する
アンガーマネジメントというと、その場で怒鳴らないようにすればいい、というイメージがあるかもしれません。確かに怒りに任せて不適切な言動を行わないようにすることは大切です。しかし、その場をやり過ごすだけでは怒りをコントロールできているとは言えません。
アンガーマネジメント実践では、
①衝動のコントロール ②思考のコントロール ③行動のコントロール
の3つのコントロールを行います。
衝動のコントロール
【6秒待つ(6秒ルール)】
6秒ルールは有名なので聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
私たちの感情をコントロールしている前頭葉が働きだすまでに数秒かかるため、最初の6秒で怒りはピークアウトするといわれています。つまり、6秒をやり過ごせば怒りを鎮められるのです。
<6秒をやり過ごす方法例>
- 相手の言葉を繰り返す、聞き返す
- 「はい・・」「そうですよね・・」と相手の話にすぐに言い返さずに、一度受け流してみる
- 深呼吸をする
- 歌のフレーズを心の中で思い浮かべる
- 100から3ずつ引き算をしていく など
6秒やり過ごす方法は自分がやりやすければなんでもかまいません。
怒りを感じても、すぐに言葉や態度に出さないことがポイントです。
決して怒るまでのカウントダウンではありません!
怒っている内容とは離れて、別のことに取り組んでみましょう。
【怒りを客観的に眺めてみる】
0を自分の「穏やかな状態」、10を「人生最大の怒り」とすると、 いま自分が感じている怒りは1~10のどれにあたるか点数をつけてみましょう。
怒りのレベルを10段階で評価して怒りを「見える化」することで、怒りを冷静に客観的に見ることができるようになり、理性が働くまでの時間をやりすごしたり、「今4くらいだからまだ大丈夫」「9だからこれは伝えたい」など、怒りのレベルに合わせた対処が考えやすくなります。
【呼吸法を行う】
- 肩の力を抜いて、おなかに手を当てて腹式呼吸を行います。
- 吸気の2倍の時間(目安:6秒)かけて口から息を吐き切ります。
- 1秒息を止めた後、鼻から息を吸い込みます。(目安:3秒)
おなかの上下を意識しながら行っていきます。ポイントとしては吸う息より吐く息に意識をして、吐く息をゆっくり長くすることです。リラックス効果もあります。
【怒りの記録をつけてみる(アンガーログ)】
怒りの場面について記録しておくと(アンガーログ)、自分の感情を客観的に捉えることができます。
どのような出来事に対して、誰に対して怒りを感じやすいのか、どんな価値観で怒りが生じるのかなど、自分の傾向を把握できると、対処法も見えてきます。
- どんなことがありましたか?
- そのときどうしましたか?
- その時の気持ちはどうでしたか?
- どうしてほしかったですか?
- 怒りの強さはどうでしたか?(10段階で)
定期的にアンガーログを見返してみると、自分が怒りやすい場面の理解が深まります。
【気分転換する】
怒りの対象から距離をとって離れることも有効です。例えば、その場を離れたり、別の仕事に着手するなどしてみます。場所や作業の移動が難しい場合でも、一度その話題から思考をそらして、別のもの(例:自分の呼吸や触れている物の感覚など)を意識する方法もあります。怒りの対象から距離をとって、自分がコントロールできるレベルにまで怒りを落ち着けてから、次の行動に移ります。お気に入りの場所へ行ったり、好きな本を読む、入浴するなどご自身が気分よくいられることを積極的に行うといいですね。散歩など軽い運動も効果的です。
まずは「衝動」のコントロールのトレーニングを行い、怒りを感じた瞬間に、すぐに反射しないようにしましょう。 怒りを感じた時に衝動にまかせた言動をすると、さらに事態を悪化させてしまうことを防ぎます。
思考のコントロール
衝動のコントロールができるようになってきたら、次に思考のコントロールのトレーニングを行います。
【自身の価値観「べき」の範囲をひろげる 】
個人にはそれぞれの価値観があり、その価値観に基づいて物事を判断しています。自身の価値観の一つである「~であるべき」という「べき思考」に反していたり、裏切られたと感じる時に、私たちは特定の誰かに対して、あるいは特定の行為に対して怒りを覚えます。
通常、自分にとってその価値観は「ふつう」であるため、特段意識をする機会はありませんが、 自分にとって物事が「怒る必要のある」ことか、「怒る必要のない」ことなのかを知るために、物事を3つのゾーンに分類してみます。
- 許せる=自分が信じている「べき」と全く同じ
- まあ許せる=自分の「べき」とは異なるが許容できる範囲
- 許せない=自分の「べき」とは大きく異なる上に、 受け入れられない、許容できない範囲 (NGゾーン)
このうち、「まあ許せる」までのゾーンは怒る必要のないこと、「許せない」ゾーンに入ったことは怒る必要のあることです。 怒る必要がある/怒る必要がないの境界線を明確にできたら、次に 、
- 境界線を広げる
- 境界線を一定にする
- 境界線を見せる・伝える
の3つの努力をします。
境界線をひろげることで自分が起こる必要がない範囲が広がり、怒りすぎを防ぐことができ ます。境界線を一定にすることにより、怒る基準が明確になります。いつも同じ条件で怒る ことができるようになるため、「時と場合によって怒るかどうか異なる気分屋さんだ」などと思われることなく、相手から理解が得やすくなります。
そしてその境界線を具体的な言葉にして相手に伝えます。どんなに身近な相手であっても、自分が何を大切にしているか、どの程度が許容範囲なのかは、言葉にしなければ理解してもらえません。
「衝動」のコントロールができるようになったら、無意識にある自分を基準とした「こうあるべき」という価値観を変えて、「思考」のコントロールを行うのです。
行動のコントロール
最後に、先ほどの分類うち、「許容できない/怒る」と判断したものに対して、「怒り」の感情のままに行動するのではなく、自らの意志でどのように行動すればよいのかを考えて選択します。
この際、以下のふたつの軸で考えると、選択がしやすくなります。
- 今それは重要か
- 自分の力で変えられるか
とても大切で自分の力で変えられることであれば、すぐに行動すべきです。しかし、今そこまで重要でないことは落ち着いてゆっくり考えてから行動してもいいかもしれません。また、自分ではどうしようもないことや変えられないことを受け入れる、放っておく勇気も大切です。たとえば予想外のお天気に怒っても仕方ないですよね。自分ではどうしようもないことを割り切ることで、必要以上に感情に振り回されることが激減します。
最後に自分に問いかけます。「私がしようとしている行動は、自分にとっても・周りの人にとっても、長期的に見て最も良い選択でしょうか?」
そしてどのような選択をしたとしても、「自分の感情と行動に責任をもつ」という気持ちを忘れないようにします。
補足:怒りの奥になる別の感情について
ここまで怒りと上手に付き合うこと(=アンガーマネジメント)についてお話をしてきましたが、実は怒りは二次感情と呼ばれるもので、怒りの奥には別の感情(=一次感情)が隠れています。
怒りに対処することはもちろん大切ですが、怒りはエネルギーが強く、怒りに変化してから対処するのは大変なので、一次感情のうちにこまめに対処をすることも大切です。
長くなるためこの記事では割愛しますが、アンガーマネジメントの講義ではこの怒りのもとになる一次感情を探すワークを時間が許す限り皆さんと一緒に行っています。 怒りのもとにある感情(一次感情)を探す習慣は、ネガティブな感情を受け入れ、そう感じている自分を肯定するためにも、大変効果的です。
まとめ
アンガーマネジメントとは、怒りと上手に付き合うトレーニングです 。アンガーマネジメントを行うことで、個人の後悔や不利益が減ったり、職場の雰囲気がよくなってチームの生産性向上につながります。
衝動、思考、行動の3つのコントロールをトレーニングすることで怒りの感情に振り回されずに自分にも・周りの人にとってもよい選択を選ぶことができるようになります。
怒りと上手に付き合うためには、継続して取り組み続けることが何よりも重要です。自分が実践しやすい方法を取り入れ、「怒り」とうまく付き合って生産的な思考で仕事に取り組んでいきましょう。
◎今回はアンガーマネジメントのお話でしたが、怒りが強すぎてうまくいかず困っている方の中には、内科疾患やメンタル疾患、その他の要因が関係していることもありますので、産業医や、場合によっては主治医とも連携を取りながら、多角的に考えていくことが大切です。まずはぜひ産業医に相談してみましょう。
◎アンガーマネジメントだけではなく、どのように相手と接するか・伝えるかというコミュニケーションスキルのトレーニングを一緒に行うことによって、職場の対人関係がよくなったり、組織のスムーズな運営につながります。対人コミュニケーションについては機会があればブログ記事にしたいと思っていますが、もし早く知りたい・一緒に取り組みたい企業様がありましたら、個別にご連絡ください。